IKIGAI LIFESTYLE NO.4
- IKIGAI旅行者

- 2025年9月25日
- 読了時間: 9分

クリスタルボトルのナポレオンは、今も無敗なのか?
昭和から令和へ――ブランデー、その栄光と現在
日付:2025 年 9 月 5 日
あの時代を知る私たちは、目を閉じれば、今も鮮やかな情景を思い浮かべることができます。
昭和 30~40 年代の日本映画では、社会のエリートも、私立探偵も、企業の重役も、裏社会を仕切る大物も、手にしている酒は決まってブランデーでし
た。
なかでも印象的だったのが、オフィスや高級バーで、チューリップの花を思わせる「スニフターグラス」を静かに揺らす姿です。それは、人生の風雪をくぐり抜けてきた男の渋みと、揺るぎない社会的地位を象徴していました。

昭和中期、海外旅行の自由化が進むと、日本の酒類市場には、それまでとは趣の異なる舶来品が並び始めます。なかでも注目を集めたのが、フランスから輸入した原酒を使用していることを強く打ち出したブランデーでした。
当時の広告は、フランスの華やかさと栄光を一本のボトルに凝縮し、無敗の英雄「ナポレオン」をブランデーの象徴として描きました。世界を駆け抜けた英雄の豪胆さと、ブランデーの重厚な味わいが、見事に重ね合わされていたのです。
昭和中期、とりわけ 1960 年代は、日本経済が大きく飛躍した時代でもあります。ブランデーは、お中元やお歳暮、年始の贈答品として、最上級の選択肢のひとつとなりました。
こうした華やかな幕開けによって、日本人にとってのブランデーは、「成功した男性」「大人の嗜み」「西洋式の豊かな暮らし」と強く結びついていきました。
しかし、日本社会の国際化が進み、価値観が成熟し、多様化していくにつれて、その象徴性を次の時代へと受け継ぐ新たなアイコンは現れませんでし た。やがてブームは静まり、ブランデーは蒸留酒市場の主流から少しずつ姿を消していったのです。

レコードと同じように、あの味を懐かしむ人――より正確に言えば、あの時代そのものを懐かしむ人にとって、ブランデーの存在は、今なお何ものにも代えがたいものです。
ウイスキーのように若い世代を巻き込む大きな潮流が生まれたわけでもな く、クラフトジンのように再評価の波によって新たな魅力を発見されたわけでもありません。
ブランデーは、どこか古風で、落ち着きがあり、時代遅れとさえ映る独特の輝きをまといながら、今もバーのバックバー、その最上段に静かに座っています。
若い世代がピート香やバーボン樽の個性を追い求める一方で、かつて昭和のホテルロビーや高級レストランのキャンドルの下、父親の書斎に置かれたガラス棚の中で輝いていたブランデーは、いま誰に飲まれているのでしょう か。
答えは、「ゆっくりと流れる時間」の価値を知る人々です。
昭和のブランデー――繁栄を見つめた証人
日本経済が高度成長を遂げた昭和 30~40 年代、ブランデーは「成功」を目に見える形で表す象徴でした。
当時、商社で活躍するエリートたちは、銀座のクラブで大切な顧客のためにXO を注文しました。それは単なる一杯の酒ではありません。契約に対する誠意であり、ひとつの決断が持つ重みでもあったのです。
ホテルのバーでは、仕立てのよいスーツを身にまとった紳士たちが、手のひらでグラスのボウル部分を包み込み、体温で酒をゆっくりと温めていまし た。温度の上昇とともに立ち上がる香りを愉しむその所作は、言葉を使わずに教養を伝える、大人の作法でもありました。

横浜のホテルニューグランド、京都ホテル、東京の帝国ホテル――。
日本における西洋式ホテル文化の先駆けとなったこれらのホテルでは、バーの魂を形づくる存在のひとつがブランデーでした。戦前から戦後にかけて、名バーテンダーたちは磨き抜かれた技術で、政財界の要人をもてなしてきました。
スマートフォンもインターネットもなく、人々が向かい合って腰を下ろし、ゆっくりと一杯の酒を味わっていた時代。ブランデーは会話をつなぐ媒介であり、流れる時間を受け止める器でもあったのです。
しかし、時代は変わりました。
ウイスキーは「ハイボール」という軽やかなスタイルで若者のグラスを席巻し、焼酎と日本酒は和食ブームとともに再評価され、ワインは健康的で洗練されたイメージをまとって日常の食卓に浸透していきました。
ブランデーだけが、昭和に取り残されてしまったかのように見えます。しかし、本当にそうなのでしょうか。

ブランデーは消えていない――守り続ける人々
東京・神楽坂の路地裏、銀座の地下に佇むバー、横浜・山手の古い洋館
――。そうした場所では今も、ブランデー文化を大切に守り続ける人々がいます。
彼らは「ブランデー愛好家」と呼ばれます。中心となるのは 50 代以上で、医師や弁護士、企業経営者など、豊富な人生経験を持つ人々も少なくありません。
彼らにとってブランデーは「時代遅れの酒」ではなく、「時の試練をくぐり抜けてきた本物のクラシック」です。
あらゆることに速さと効率が求められる現代において、一本の酒がオーク樽の中で 20 年、30 年とかけてゆっくり熟成するのを待つ。
その行為自体が、効率だけを追い求める社会に対する、静かな抵抗なのかもしれません。

表立っては見えにくいものの、ブランデーを愛するコミュニティも確かに存在します。ウイスキー&ブランデー専門店の信濃屋などでは、定期的にブランデーのテイスティングイベントが開催されています。
ベテランコレクターの間では、オールドヴィンテージのブランデーがオークションで驚くほどの高値を付けることもあります。
彼らの飲み方もまた独特です。チューリップ型のグラスを使い、氷は加え ず、手のひらでゆっくりと温度を伝えます。そして香りに静かに耳を澄ませるように、時間をかけて少しずつ口に含みます。一杯の XO を、一時間かけて味わうことも珍しくありません。
彼らが信じているのは、ブランデーの価値は「流行」にあるのではなく、時を重ねて生まれる「芳醇さ」にあるということです。
ブランデーの種類――VS から XO へ、熟成をめぐる旅
ブランデーの世界には、熟成年数を軸として、若々しく開放的な味わいか ら、成熟した奥深い味わいへと続く、ひとつのグラデーションがあります。
最も若いカテゴリーが、VS(Very Special)です。
ブレンドに使用される最も若い原酒は、オーク樽で最低 2 年間熟成されます。軽快で生き生きとした味わいを持ち、みずみずしいブドウの果実香と、やわらかな木のニュアンスが特徴です。オン・ザ・ロックや、カクテルのベースとしても適しています。
その上に位置するのが、VSOP(Very Superior Old Pale)です。
ブレンドに使用される最も若い原酒は、最低 4 年間熟成されます。1817 年、後の英国王ジョージ 4 世が、コニャックメーカーに着色を抑えた「ペール・コニャック」を注文したことが、VSOP という呼称の起源になったとされています。
VSOP は、より豊かで調和の取れた香りを備えています。熟した果実、バニラ、ローストした樽を思わせる風味が幾層にも重なり、ストレートでも、オン・ザ・ロックでも愉しむことができます。
そして、より長い熟成を象徴するのが XO(Extra Old)です。
現在、コニャックの XO は、ブレンドに使用される最も若い原酒について最低 10 年の熟成が義務づけられています。しかし実際には、その基準をはるかに上回る長期熟成原酒が使用されることも多く、なかには数十年、あるいはそれ以上の時を重ねた原酒が含まれる場合もあります。
XO の酒質は、厚みがありながら、どこまでもなめらか。ドライフルーツ、チョコレート、革、花、スパイス――複雑な香りが幾層にも重なり、ゆっくりと表情を変えていきます。
それは、ブランデーの世界におけるひとつの到達点。食後にストレートで、時間をかけて向き合いたい一杯です。
さらに上位には、最低 14 年の熟成を要する XXO や、「年齢を超越したも
の」を意味する Hors d’Âge(オール・ダージュ)などのカテゴリーもあります。
その一滴一滴に、凝縮された時間が宿っているのです。
ウイスキーとブランデー――同じ樽、異なる魂
ブランデーとウイスキーは、しばしば「世界を代表する二大蒸留酒」として並べて語られます。しかし、その成り立ちは根本から異なります。
最大の違いは、原料です。
ウイスキーが大麦、トウモロコシ、ライ麦などの穀物を原料とするのに対 し、ブランデーはブドウ、またはその他の果実から造られます。コニャックやアルマニャックには特定の白ブドウ品種が使用され、なかでもユニ・ブラン(Ugni Blanc)は、コニャックの主要原料の約 95%を占めています。
原料が異なれば、造りの出発点も変わります。
ウイスキー造りは、麦芽などの原料を「糖化」し、「発酵」させるところから始まります。一方、ブランデーはまず白ワインを醸造し、そのワインを蒸留して造られます。
つまりブランデーとは、本質的に「ワインのエッセンスを蒸留した酒」なのです。

蒸留方法にも違いがあります。
コニャックでは、銅製の単式蒸留器を用いた二回蒸留が行われます。これによって、より澄んだ繊細な酒質が生まれます。
アルマニャックでは主に連続式蒸留器が用いられ、力強く濃厚で、野性味を感じさせるスタイルに仕上がります。
ウイスキーの蒸留方法は産地や種類によって異なり、単式蒸留器や連続式蒸留器など、さまざまな方式が採用されています。
共通しているのは、どちらもオーク樽の中で熟成されることです。
ただし、ブランデーには主にリムーザン産やトロンセ産のフレンチオーク樽が使用されます。ウイスキーでよく使われるバーボン樽やシェリー樽とは木材や来歴が異なるため、酒に与える香りや味わいも変わります。
ブランデーの熟成とは、「ブドウから生まれた魂」と「オーク」が交わす、ゆっくりとした対話。
ウイスキーの熟成とは、「穀物から生まれた魂」と「オーク」の交流なのです。

日本では、どんなブランデーが飲まれているのか
2025 年の日本におけるブランデー市場の公式な販売ランキングは、まだ詳細まで公表されていません。
しかし、日本の主要な酒類販売サイトやレビューサイトのデータを見ると、以下のブランドが長年にわたって人気ランキングの上位を占めています。価格は、2025 年から 2026 年にかけての市場参考価格です。

※上記は複数の人気指標を総合したものであり、公式な販売順位ではありません。実際の価格は、販売店やキャンペーンなどによって異なります。
ブランデーは消えていない。ただ、知る人を待っている
ブランデーを「没落した貴族」と呼ぶ人がいます。
しかし貴族は、時代が変わったからといって、その気品を失うものではありません。
ただ声高に語ることをやめ、スポットライトを追わなくなっただけです。静かな片隅で、数十年という時間をかけてゆっくりと熟成し、その価値を理解する誰かが現れる夜を待っています。
次にバーを訪れたとき、バックバーに薄くほこりをまとった XO のボトルを見つけたら、どうか見過ごさないでください。
一杯注文し、水も氷も加えず、手のひらのぬくもりでゆっくりと目覚めさせてみてください。
そして目を閉じれば、夢から目覚めたばかりのようなその一口の中に、ブドウ畑を照らす陽光があり、オーク樽の静かな呼吸があります。
さらにその奥には、昭和のホテルロビーでスーツに身を包んだ男たちが交わした、語り尽くされることのなかった囁きが残されています。
ブランデーは消えていません。
今も待ち続けています――ゆっくりと流れる時間に、身を委ねることのできる人を。


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