IKIGAI TASTE NO.5
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- 3月27日
- 読了時間: 11分
更新日:7月17日

新世界ワイン、新たなる航海の序章
五大シャトーのその先へ──味覚を開く新世界ワインの物語
掲載日:2026年3月27日
IN編集部では、社内外のワイン愛好家や愛飲家の知見を結集し、本特集を企画しました。
今回のテーマは、ボルドー五大シャトーの格付けやボージョレの最新トピックではありません。私たちが旅するのは、「新世界ワイン」をめぐる四大陸横断のテイスティング・ジャーニーです。
その旅へ出発する前に、まず一つの疑問に答えておきましょう。ワインの分類を語るうえで欠かせないにもかかわらず、意外と見過ごされがちな問い──なぜこれらのワインは「新世界」と呼ばれるのでしょうか。

「新世界」という名称の由来──大航海時代から受け継がれた比喩
「新世界(New World)」という言葉は、もともとワイン業界が生み出したものではありません。15〜16世紀、大航海時代のヨーロッパで、コロンブス以降に発見されたアメリカ大陸を、ヨーロッパ・アジア・アフリカから成る「旧世界(Old World)」に対して「新世界」と呼んだことに由来します。
ワイン業界はこの地理学上の概念を借用し、二つの異なる醸造文化を区別する言葉として用いるようになりました。
フランス、イタリア、スペイン、ドイツなど、数百年から千年以上にわたる醸造の歴史を持つヨーロッパの産地は「旧世界」に分類されます。一方、アメリカ、チリ、アルゼンチン、オーストラリア、南アフリカ、ニュージーランドなど、主としてヨーロッパからの移民がブドウ品種や醸造技術を持ち込み、ここ100〜200年ほどで発展してきた産地は「新世界」と呼ばれています。
興味深いことに、中国や日本は古くからブドウ栽培の歴史を持ちながらも、近代的かつ国際的なワイン産業が本格的に発展したのはここ100年余りです。そのため、現在では両国も一般的に「新世界ワイン」の一員として位置づけられています。
世界のワイン地図を書き換えた歴史的転換点──1976年「パリスの審判」
新世界ワインが国際的な評価を確立する大きな転機となったのが、1976年に開催された「パリスの審判(Judgment of Paris)」です。
英国のワイン商スティーヴン・スパリュアが企画したこのブラインド・テイスティングでは、カリフォルニア・ナパ・ヴァレー産のカベルネ・ソーヴィニヨンとシャルドネが、ボルドー格付けシャトーやブルゴーニュの名門ワイナリーと同じ舞台で比較されました。
結果は、フランス人ソムリエや評論家たちの予想を覆すものでした。ナパ・ヴァレーのワインが赤・白両部門で首位を獲得し、「最高級ワインはフランスでしか生まれない」という長年の常識は大きく揺らぐことになります。
この出来事は『TIME』誌でも大きく取り上げられ、「新世界は旧世界に肩を並べる最高品質のワインを生み出せるのか」という議論を世界中に広げました。そしてその後のチリ、アルゼンチン、オーストラリアなどの躍進と国際化を後押しする大きな原動力となったのです。
代表的な産地──アメリカからオセアニア、アフリカ、そしてアジアへ
現在、新世界ワインの代表的な産地として広く認められているのは、アメリカ(ナパ・ヴァレー、ソノマ)、チリ(マイポ・ヴァレー、コルチャグア・ヴァレー)、アルゼンチン(メンドーサ)、オーストラリア(バロッサ・ヴァレー、ハンター・ヴァレー)、ニュージーランド(マールボロ、セントラル・オタゴ)、南アフリカ(ステレンボッシュ)などです。
さらに近年では、中国・寧夏(賀蘭山東麓)や日本(山梨県、長野県)も新世界ワインの重要な産地として国際的な注目を集めています。
これらの地域に共通する特徴は、比較的自由度の高いワイン法規、柔軟なブレンド、そして歴史ある古木よりも新たに造成されたブドウ畑が多いことです(チリのカルメネールや南アフリカのピノタージュの古木など一部例外を除く)。
その自由な環境だからこそ、大胆な挑戦が可能となり、果実味豊かで個性あふれる、新世界ならではのスタイルが育まれてきたのです。

評論家は新世界ワインをどう見ているのか――ロバート・パーカーを例に
「世界一の舌」と称されるアメリカのワイン評論家、ロバート・パーカー(Robert Parker)は、新世界ワインを世界の舞台へ押し上げた立役者の一人です。
彼が一貫して高く評価してきたのは、凝縮感のある果実味、豊かなボディ、そして十分に成熟したタンニンを備えたワインでした。パーカーはかつて、カリフォルニアのトップワインについて、「その魅力はボルドーのような繊細さや緻密さではなく、圧倒的な力強さ、生命力、そして完熟果実がもたらす華やかな風味にある」と語っています。
こうした評価基準は、豊富な日照と完熟しやすい気候条件に恵まれた新世界のテロワールと見事に一致していました。その結果、パーカーの高得点は、ナパ・ヴァレーやバロッサ・ヴァレーをはじめとする新世界ワインが国際市場へ急速に浸透する大きな追い風となりました。
一方で、彼の評価基準は少なからぬ議論も呼びました。一部の評論家や愛好家は、「凝縮感」を過度に追求することで、産地ごとの個性が失われ、世界中のワインが似た味わいへと収斂してしまうと指摘し、この国際的な濃厚スタイルを皮肉を込めて「パーカー化(Parkerization)」と呼ぶようになりました。
しかし近年では、ジェームズ・サックリングや『Decanter』をはじめとする新たな評価機関の台頭に加え、新世界のワイナリー自身も「凝縮感」だけではなく、「テロワールの表現」を重視する方向へと舵を切っています。その結果、新世界ワインは30年前と比べ、より多様で繊細な表情を見せるようになりました。
だからこそ、私たちはこの「新世界ワイン巡礼」の旅を始めます。
新世界は決して旧世界の模倣ではありません。自由な発想と燦々と降り注ぐ陽光のもと、自らの個性を探求し続ける醸造家たちが築き上げた、もう一つのワイン文化なのです。

新世界ワイン巡礼 中南米
アンデス山脈と太平洋が育んだ、知られざるワインの物語
ボルドー五大シャトーを巡り、トスカーナの丘陵地帯も歩いてきた一人のテイスターとして、日本のワイン愛好家からよく尋ねられることがあります。
「フランスやイタリア以外で、ぜひ知っておくべき産地はありますか。」
私の答えは、いつも決まっています。
それは、アンデス山脈と太平洋に抱かれた南米です。
本日から始まる「新世界ワイン巡礼」では、第一章としてチリとアルゼンチンという中南米を代表する二大ワイン産地を訪ねます。
この地域には、ボルドーのような数百年に及ぶ格付け制度も、イタリアのDOCGに代表される複雑な原産地制度もありません。しかし、その制約の少なさこそが、より自由で大胆、そしてテロワールを率直に映し出すワインを生み出してきたのです。
なぜ中南米なのか──恵まれた三つの条件
第一の理由 自然がつくり出した隔絶された環境です。
チリは西に太平洋、東にアンデス山脈、北にアタカマ砂漠、南に氷河地帯を擁し、まるで「ワインの孤島」とも呼べる地理条件を備えています。
この天然の隔離環境のおかげで、19世紀にヨーロッパから持ち込まれたブドウ樹は、世界中のブドウ畑を壊滅させたフィロキセラ(ブドウネアブラムシ)の被害を免れました。その結果、チリには現在も、接ぎ木をしていない世界でも屈指の古いカルメネールやカベルネ・ソーヴィニヨンの古木が残されています。

第二の理由 大きな昼夜の寒暖差と高標高
アルゼンチン・メンドーサのブドウ畑の多くは、標高900〜1,500メートルに位置しています。日中は強い日差しによって糖度が高まり、夜は急激に気温が下がることで酸味とアロマが保たれます。
こうして生まれるマルベックは、凝縮感とエレガンスを兼ね備えた独自の個性を獲得しました。フランス南西部カオールのマルベックとは、まったく異なる魅力を持っています。
第三の理由 移民がもたらした醸造文化と挑戦する精神
19世紀末、イタリアやフランスからの移民はワイン造りの技術を南米へ伝えました。しかし、旧世界の厳格な規制までは持ち込みませんでした。
そのため、生産者たちは品種を自由にブレンドし、樽熟成の方法を試し、さらにはカベルネ・ソーヴィニヨンとチリ固有のカルメネールを組み合わせるなど、独創的なスタイルを次々と生み出していきました。
これこそが、新世界ワインの多彩な個性の源泉なのです。
魅力あふれるワイナリーと世界的評価
チリを代表するワイナリーとして真っ先に挙げられるのが、アルマヴィーヴァ(Almaviva)*です。
1997年、フランスのバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドと、チリ最大手コンチャ・イ・トロの共同事業として誕生したこのワイナリーは、マイポ・ヴァレーのプエンテ・アルトに位置し、「南米のシャトー・ムートン」とも称されています。
そのワインは『Wine Advocate』で幾度となく90点以上を獲得し、2021年ヴィンテージでは96点近い高評価を記録しました。チリのプレミアムワインが世界のトップクラスへ躍進したことを象徴する存在と言えるでしょう。

一方、アルゼンチンでは**カテナ・サパータ(Catena Zapata)**がメンドーサを代表する名門です。
当主ニコラス・カテナは2009年、『Decanter』誌の「マン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた南米初の醸造家となりました。
フラッグシップワイン「Nicolás Catena Zapata」は、カベルネ・ソーヴィニヨンとマルベックをブレンドした逸品で、『Wine Advocate』『Wine Spectator』、ジェームズ・サックリングなど世界の主要評価誌で長年90点以上を獲得し、『Decanter World Wine Awards』でも金賞に輝いています。
さらに、標高約1,500メートルの石灰質土壌に広がる単一畑「Adrianna Vineyard」は、その緻密な構造とエレガンスから、ブルゴーニュの一級畑に匹敵する品質と称されることも少なくありません。
このほかにも、シラーで知られるチリのViña Errázuriz、世界市場で「Purple Angel」を成功へ導いたMontes、そしてアルゼンチンのAchaval-FerrerやViña Cobosなど、訪れるべきワイナリーは数多く存在します。
なかでもViña Cobosは、著名なフライング・ワインメーカー、ポール・ホブス(Paul Hobbs)が手掛けることで知られ、カリフォルニアの醸造哲学をメンドーサの古木へ融合させた、力強さと繊細さを兼ね備えたスタイルで高い評価を得ています。

日本では、これらのワインはいくらで手に入るのか
アルマヴィーヴァ(Almaviva)を例に見てみましょう。日本国内のECサイトやオークションにおける過去10年間の取引記録によると、各ヴィンテージの平均落札価格はおおむね1万1,000〜1万6,000円です。なかでも希少な2000年ヴィンテージは、日本国内のオークションサイトで約3万4,900円という高値を記録し、市場に流通するアルマヴィーヴァの中でも最も高額な一本となりました。
同等クラスのボルドー格付けシャトーが、しばしば10万円を超える価格で取引されることを考えれば、中南米のトップワインは、いわば「手の届く最高級ワイン」です。近年、日本のワイン愛好家の間で急速に熱心な支持を集めている理由の一つも、ここにあります。
味覚をめぐる旅──この土地の赤ワインは、どのような味わいなのか
チリのカルメネールには、完熟したブラックベリー、ピーマン、ほのかな青草を思わせるスパイシーな香りがしばしば感じられます。タンニンはベルベットのようになめらかで、中盤には燻煙やダークチョコレートを思わせる奥深いニュアンスが現れます。余韻は長く、ミネラルを思わせるほのかな塩味とうま味を伴います。ボルドーのメルローが持つ柔らかさとは異なり、より野性的でスパイシーな個性が際立ちます。
一方、アルゼンチンのマルベックは、まったく異なる表情を見せます。口に含むと、凝縮した黒スモモやブルーベリージャムを思わせる甘やかな果実味が広がり、やがてスミレの花の香りとモカコーヒーのようなロースト香が立ち上がります。タンニンはしっかりとしていながら渋すぎず、高標高の大きな昼夜の寒暖差によって保たれた生き生きとした酸が、濃厚な味わいに軽やかな躍動感を与えます。そこに感じられるのが、フランス・カオール(Cahors)のマルベックにはない「陽光のニュアンス」です。

2026年にぜひ試したい──コストパフォーマンスに優れた中南米ワイン5選
Trapiche Oak Cask Malbec(アルゼンチン)
メンドーサ産マルベックの入門に適した一本。豊かな果実味と親しみやすいタンニンを備え、日常の食中酒にも最適です。価格は約2,000〜3,000円で、コストパフォーマンスは抜群です。
Concha y Toro Casillero del Diablo Carménère(チリ)
チリのカルメネールを代表する定番ワイン。ピーマンや黒コショウを思わせる香りが鮮明で、焼肉との相性にも優れています。価格は1,500円前後です。
Catena Malbec(アルゼンチン)
カテナ家が手掛けるエントリーシリーズ。凝縮した果実味と繊細な花の香りを併せ持ち、高標高マルベックならではのエレガントな魅力を表現しています。価格は約3,000円です。
Montes Alpha Cabernet Sauvignon(チリ)
骨格がしっかりとしており、熟成の可能性にも優れた一本。カシスやシダーを思わせる香りが際立ち、価格は約3,500円。チリの中高価格帯ワインへの入門として、まず選びたい一本です。
Viña Cobos Felino Malbec(アルゼンチン)
フライング・ワインメーカー、ポール・ホブス(Paul Hobbs)が手掛ける手頃な価格帯のシリーズ。アメリカ的な濃密さと、アルゼンチンらしい陽光を感じさせる果実味を兼ね備えています。価格は約3,000〜4,000円です。
この5本はいずれも、3,000〜4,000円前後で、中南米のテロワールが見せる最も魅力的な表情を体験できるワインです。濃厚でありながら重すぎず、果実味豊かでありながら繊細さを失わない──そこに、この土地のワインならではの魅力があります。
次の目的地では太平洋を越え、アメリカのナパ・ヴァレーとオーストラリアのバロッサ・ヴァレーへ向かいます。新世界ワインをめぐる探求の旅は、まだ始まったばかりです。
※お酒は適量を楽しみ、20歳未満の飲酒および飲酒運転は法律で禁止されています。

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