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シリーズ1|私のかかりつけ医が語る

  • 執筆者の写真: IKIGAI NOW
    IKIGAI NOW
  • 1月14日
  • 読了時間: 10分

更新日:7月1日

食のリボリューション

2026.01.14

赤身肉は再評価されるのか

全脂乳製品解禁で揺れる世界の栄養学



近20年で最大の転換点ともいえる今回の食生活指針。低脂肪中心のフードピラミッドから、高たんぱく・自然な食材を重視する方向へ―― 


一方で、日本の専門家は「そのまま受け入れるべきではない」と警鐘を鳴らす。最終的に大切なのは、毎日の食卓を人生の喜びに変えることなのかもしれない。


「本物の食べ物を食べよう」。


このシンプルな言葉が、世界中の食卓を揺さぶっている。


2026年初頭、米国政府は「2025–2030年版 米国食生活指針(Dietary Guidelines for Americans:DGA)」を正式に発表した。医療界、栄養学界、食品産業に大きな衝撃を与えた今回の改訂は、5年ごとに更新される同指針の中でも、過去20年で最も大きな方向転換といえる。この指針は、米国の学校給食、軍隊の食事、連邦政府の栄養政策にも影響を与える、いわば食生活政策の基準書である。


Part 1

約20年ぶりの大転換。新しい食生活指針は何を変えたのか


米国食生活指針は、1980年の初版発表以来、長らく「低脂肪食」を推奨してきた。

穀類を食事の土台に置き、脂肪は避けるべきものとされ、全脂乳製品は健康的な食卓からほぼ排除されてきた。この考え方は一世代にわたって食生活の常識を支配してきたが、近年の研究によって繰り返し見直しを迫られてきた。


2026年版で最も注目されるのは、指針の中心メッセージである。


Eat Real Food――本物の食べ物を食べよう。


一見すると単純な言葉だが、その背景には、いくつもの構造的な変化が含まれている。


出典:Dietary Guidelines for Americans 2025–2030(USDA/HHS)

たんぱく質が食生活の中心へ

新指針における最大の変化は、たんぱく質を食生活の中心に据えた点にある。

これまで体重1kgあたり0.8gとされてきた推奨量は、1.2〜1.6gへと大幅に引き上げられた。特に中高年層にとって、この変更は大きな意味を持つ。


『American Journal of Clinical Nutrition(AJCN)』のメタ分析によれば、高たんぱく食の介入により、高齢者の筋肉量は平均0.9kg増加し、身体機能指標は最大14%改善したとされる。全脂乳製品



「避けるべき食品」から「再評価される食品」へ

これまで米国食生活指針は、全脂乳製品に慎重な立場を取ってきた。低脂肪または無脂肪の乳製品を選ぶことが、長年の標準的な推奨だった。

しかし2019年、『British Medical Journal(BMJ)』に発表された大規模研究では、13万人以上を32年間追跡した結果、全脂乳製品の摂取と心血管死亡率の間に明確な正の関連は確認されなかった。一部のデータでは、むしろ肥満リスクの低下との関連も示された。

新版指針はこうした研究の文脈を受け入れ、全脂乳製品を一定の条件下で認める方向へと転じた。

 

超加工食品

世界的に一致する警戒感


新旧の指針を通じて、世界的に最も強い支持を集めているのが、超加工食品(Ultra-processed foods:UPF)への警戒である。


ハーバード大学公衆衛生大学院の研究によれば、超加工食品の摂取量が1日あたり10%増えるごとに、全死亡リスクは14%、心血管死亡リスクは9%上昇するとされる。

ブラジル、英国、フランスなどの最新の食生活指針でも、「超加工食品を避けること」は最優先原則の一つに位置づけられている。同時に、動物性たんぱく質も再評価されている。卵、鶏肉、赤身肉、乳製品はいずれも推奨されるたんぱく質源として明記され、従来のように植物性食品へ過度に偏る姿勢は後退した。


出典:AJCN 2022統合解析、Dietary Guidelines for Americans 2025–2030、厚生労働省


Part 2|論争の核心:赤身肉と飽和脂肪――科学界はいまだ結論に至らず

「今回のガイドラインがもたらす最大のリスクは、科学そのものではない。人々が『赤身肉は多く食べるほど健康に良い』と誤解してしまう可能性にある。」


米国心臓協会(AHA)声明

新版ガイドラインは多くの点で歓迎された一方、赤身肉の位置づけの変化は最も激しい論争を引き起こした。米国心臓協会(AHA)はガイドライン公表直後に声明を発表し、「深い懸念」を表明している。

議論の焦点は極めて明確だ。果たして科学的エビデンスは、本当に赤身肉に対する従来の制限を緩和することを支持しているのだろうか。


飽和脂肪と心血管疾患――単純ではない関係

過去数十年にわたり、「飽和脂肪の摂取増加 → コレステロール上昇 → 心疾患リスク増大」という図式は、栄養学における定説として広く受け入れられてきた。

しかし2020年に『Journal of the American Medical Association(JAMA)』に掲載された大規模コホート研究では、40万件を超える食事データを解析した結果、飽和脂肪の健康影響はその摂取源によって大きく異なることが示された。乳製品由来の飽和脂肪は、加工肉由来の飽和脂肪と比べて心血管疾患リスクとの関連性がはるかに低いことが明らかになったのである。


こうした「食品全体の文脈で評価する」という考え方は、新版ガイドラインを支える重要な理論的基盤となっている。

一方で批判的な立場の研究者は、こうした議論によって既存の科学的知見が覆されたわけではないと指摘する。国際がん研究機関(IARC)はすでに加工肉を「グループ1(発がん性あり)」、赤身肉を「グループ2A(おそらく発がん性あり)」に分類しており、これらの評価は新ガイドラインの発表によって変更されたわけではない。


背景にある政治的論争

今回のガイドライン改訂は、米国政府が掲げる「Make America Healthy Again(アメリカを再び健康に)」という政策方針と時期を同じくしている。

保健福祉長官のロバート・F・ケネディ・ジュニア(RFK Jr.)氏や、神経科学者で人気ポッドキャストホストでもあるアンドリュー・ヒューバーマン(Andrew Huberman)氏らが、新しいフードピラミッドの考え方を公然と支持したこともあり、一部の疫学研究者の間では「政治的影響力がエビデンスに基づく科学を上回っているのではないか」という懸念が広がっている。


実際に複数の栄養疫学者は、新版ガイドラインの飽和脂肪に関する記述について「一般市民に誤解を与えかねない」「メッセージが不明瞭である」と批判している。

科学的知見が進化する一方で、その解釈や社会への伝え方をめぐる議論は今なお続いている。赤身肉と飽和脂肪をめぐる問題は、栄養学が単なる医学の領域にとどまらず、政策、産業、そして社会的価値観とも深く結びついていることを改めて浮き彫りにしている。


※数値は、世界の主要医学機関、研究機関、査読付き学術論文における見解を総合的に分析し、各提言に対する科学的コンセンサスの水準をIkigai Now編集部が推計したものです。出典:Lancet 2019、BMJ 2019、JAMA 2020、IARC 2015、AJCN 2022


Part 3|日本の専門家が見る新ガイドライン ―

そのまま受け入れてよいのか

米国の新しい食事ガイドラインは、日本でも大きな議論を呼んでいる。

日本栄養士会副会長の田中恵美氏や循環器内科医の佐藤一郎氏は、「米国の食事ガイドラインには米国特有の食文化や生活環境が反映されており、日本では地域特性に応じた解釈と調整が不可欠である」と指摘する。


日本の食生活は米国とは大きく異なる

厚生労働省が公表した2023年「国民健康・栄養調査」によると、日本人成人のうち、野菜・果物の摂取量が推奨基準を満たしていない人の割合は71%に達している。一方で、赤身肉を含む肉類の摂取量は決して低くない。


こうした状況下で、新版DGAの「赤身肉制限の緩和」というメッセージだけをそのまま受け取れば、野菜や果物の不足という日本特有の課題をさらに深刻化させる可能性もある。

また、日本人の乳製品摂取量は長年にわたり先進国の中でも低水準にある。全国平均では1日あたり約0.8サービングにとどまり、推奨される1.5~2サービングを大きく下回っている。

そのため、「全脂乳製品の解禁」が日本にとって意味するものは、既存の乳製品利用者に全脂肪製品への切り替えを促すことではない。むしろ、乳製品全体の摂取量そのものを増やすきっかけとして捉えるべきだろう。



超高齢社会において重要なのは「たんぱく質不足」の解消

一方で、日本の専門家がほぼ一致して支持している項目がある。それが「たんぱく質摂取量の増加」である。

日本は世界有数の超高齢社会へと突入しており、加齢に伴う筋肉量や筋力の低下、いわゆるサルコペニア(Sarcopenia)の増加が深刻な社会課題となっている。

東京大学医学部附属病院の研究によると、65歳以上の地域在住高齢者におけるサルコペニア有病率は約8~11%とされ、その主要な危険因子の一つがたんぱく質摂取不足であることが明らかになっている。


また、女子栄養大学の鈴木花子教授の研究では、日本の中高年女性のたんぱく質摂取量は推奨量の平均73%程度にとどまり、新版DGAが推奨する「体重1kgあたり1.2g以上」という水準には達していないことが示されている。

超高齢社会を迎えた日本においては、赤身肉や脂質をめぐる議論以上に、「十分なたんぱく質をいかに確保するか」が今後の健康寿命延伸の鍵となる可能性が高い。



編集部結論

米国の新ガイドラインは参考になるが、日本では「赤身肉を増やすこと」よりも、「野菜・乳製品・たんぱく質不足をどう補うか」が重要課題である。出典:厚生労働省「国民健康・栄養調査」(2023年)、USDA National Nutrient Database(2022年)専門家の見解は三分――私たちはどう向き合うべきか



出典: ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院、米国臨床栄養学会(ASPEN)声明、日本医師会 2026年見解


科学は道を示す。しかし、人生の豊かさは食卓の自由から生まれる

研究は、最適なたんぱく質摂取量を示すことができる。超加工食品のリスクを数値化することもできる。飽和脂肪酸1グラムごとの代謝経路を解析することも可能だ。

しかし、どれほど食事ガイドラインが更新されたとしても、科学論文では決して数値化できないものがある。


それは、「おいしい食事がもたらす喜び」である。

イタリア・ボローニャ大学が5,000人を対象に15年間実施した追跡研究では、「家族と食卓を囲む頻度」が精神的健康を予測する独立した要因であり、その影響は単一の栄養素を上回ることが示された。


また、日本の長寿研究センターによる「ブルーゾーン(Blue Zone)」研究でも、沖縄、サルデーニャ島、ギリシャ・イカリア島などの長寿地域に暮らす人々の共通点として挙げられているのは、厳密な栄養計算ではない。

食への感謝、多様な食文化を楽しむ姿勢、そして人々と食事を共にするつながりである。



私たちは、日本のシニア世代、そしてアクティブシニアの皆さまに伝えたい。

食事とは、人生における最も美しい驚きのひとつだということを。

週末のバーベキュー、年末年始に家族で囲む鍋料理、友人との語らいの中で楽しむ深夜の食事――


そうした幸せな時間を、身体は確かに記憶している。

たとえ少し食べ過ぎたとしても、その後数日間バランスの良い食事を心がけ、少し多く歩き、しっかり眠ればよい。

人間の身体という精緻なシステムには、本来備わった調整能力がある。

完璧を求めるよりも、長く続けられる心地よい習慣を持つこと。

それこそが、本当の意味でのウェルネスなのかもしれない。

 

INホームドクターからの3つのアドバイス

🥩 できるだけ自然な食材を選ぶ食材本来の姿を大切にし、過度に加工された食品をできるだけ避ける。

🥗 多様性とバランスを意識する特定の食品だけに偏らず、さまざまな栄養素をバランスよく摂取する。

❤️ 「楽しい」は最高の健康法前向きな気持ち、適度な運動、そして誰かと食卓を囲む時間は、科学だけでは説明できない長寿の秘訣である。

 

編集部セレクト

「最高の食事ガイドラインとは、あなたがより自由に、より美しく、より優雅に生きるためのものである。」

これは、私たちが取材した日本の栄養専門家たちが、最後に口を揃えて語った言葉である。


参考文献:Dietary Guidelines for Americans 2025–2030(USDA/HHS)|American Journal of Clinical Nutrition 2022 Meta-analysis|BMJ 2019 Dairy Fat Cohort Study|JAMA 2020 Dietary Fat and Cardiovascular Disease|Harvard T.H. Chan School of Public Health|厚生労働省「国民健康・栄養調査」(2023年)|IARC Monographs Vol.114(2015年)|東京大学医学部附属病院 老年医学科研究報告|国立健康・栄養研究所 たんぱく質摂取調査|共同通信(2026年1月9日報道)

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