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TOGO NOWシリーズ         

  • 執筆者の写真: IKIGAI NOW
    IKIGAI NOW
  • 2023年3月19日
  • 読了時間: 7分

更新日:7月1日


余韻で決まる旅


普通列車だけが連れていってくれる場所


023.03.19


はじめに

なぜ電車なのか。なぜ地方なのか。


日本旅行に関する記事は、数えきれないほど存在する。

多くの旅人は、東京、京都、大阪へ向かう。新幹線は時刻表通りに走り、期待に胸を膨らませた人々を、何度も語られてきた有名な観光地へと運んでいく。

けれど、もし少しだけ時間に余裕があるなら。

特急列車の停車駅ではなく、普通列車だけが静かに停まる小さな駅名に目を向けてみてほしい。

そこには、日本人でさえまだ十分に知らない、もうひとつの日本がある。

映画監督・小津安二郎は、「映画は余韻で決まる」と語った。

旅もまた、同じではないだろうか。

ここで紹介する4つの場所には、賑やかな観光客も、英語メニューも、写真映えする壁もない。


あるのは、誰もいないホーム。

時折通り過ぎる列車。

そして、時間が止まったような風景だけだ。

本当にゆっくり歩ける人だけが、その面白さに気づく。

これは、IN車掌室からお届けする、静かな余韻の旅である。



長野県・天龍村

秘境駅が密集する、JR飯田線の村


長野県の最南端に、天龍村という小さな村がある。

人口はわずか1,000人あまり。村にはコンビニも信号機もない。現代の日本において、それだけでも十分に珍しい。しかし、この村を特別な存在にしているのは、JR飯田線の存在だ。

飯田線は、愛知県の豊橋駅から長野県の辰野駅までを結ぶ、全長195.7キロのローカル線である。愛知、静岡、長野の三県をまたぎ、木曽山脈と赤石山脈の間を縫うように走る。

この路線は、鉄道ファンの間で「秘境駅の宝庫」として知られている。なかでも天龍村には、為栗駅、田本駅など、

秘境駅と呼ばれる駅がいくつも点在している。



為栗駅は、天竜川のほとりにある小さな無人駅だ。周囲に民家はほとんどない。

ホームに降り立つと、目の前には翡翠色の川が静かに流れている。


平岡駅から普通列車に乗り、為栗駅で下車する。

そこから川沿いを歩き、車では渡れない天竜橋へ向かう。

橋の上に立つと、聞こえるのは水の音と風の音だけ。

都市では決して得られない、隔絶された静けさがある。

田本駅は、さらに深い山の中にある。駅の周囲には山しかない。

列車の本数も少なく、一本逃せば数時間待つことになる。

しかし、その不便さこそが魅力でもある。


待つしかない。急ぐことができない。だからこそ、風景と向き合う時間が生まれる。



一日旅として訪れるなら、名古屋方面から豊橋駅に入り、飯田線の起点から旅を始めるのがわかりやすい。駅弁を買い、普通列車に乗り込み、ゆっくりと山へ向かう。

それだけで、旅はすでに始まっている。




長野県・姨捨駅

日本三大車窓に数えられる、月と棚田の駅

「姨捨」という駅名には、どこか物語の気配がある。

古くから伝わる姨捨伝説を思わせるその名は、初めて聞く人に強い印象を残す。

しかし、この駅を本当に忘れがたいものにしているのは、名前ではない。

風景である。

姨捨駅は、JR篠ノ井線の山腹に位置する無人駅だ。

標高は500メートル以上。

急勾配のため、列車はスイッチバックをしながらゆっくりと進む。

その動き自体が、すでにひとつの旅の体験となる。



ホームに立つと、眼下には善光寺平が大きく広がる。

春には水を張った棚田が光を映し、秋には黄金色の稲穂が風に揺れる。

この眺めは「日本三大車窓」のひとつとして知られている。

また、姨捨は月の名所としても名高い。

夜になれば、平野に灯りがともり、月の光が棚田に淡く映る。

昼の景色とはまったく違う、静かな美しさが現れる。



長野駅から篠ノ井線に乗れば、約40分で到着する。

都市からこれほど近い場所に、これほど深い余白を持つ風景があることに驚かされる。

駅には売店も観光施設もない。

あるのは、平野に向かって置かれたベンチだけ。

そこに座り、列車が通り過ぎるのを待つ。

雲が動き、光が変わり、風が吹く。

それだけで、十分な時間になる。




福島県・大川ダム公園駅

水の底に沈んだ村の記憶

会津鉄道は、福島県西部を走るローカル線である。会津若松から会津高原尾瀬口方面へ向かうこの路線には、山と渓谷の風景が続く。

その途中に、「大川ダム公園駅」という静かな駅がある。

この駅には、少し切ない背景がある。



大川ダムの建設にともない、周辺の集落は移転を余儀なくされた。

かつて人々が暮らしていた場所は、やがて水の底へ沈んだ。現在の大川ダム公園駅は、湖のそばに立つ小さな無人駅である。

ホームと簡素な待合室があるだけで、周囲に店も人の気配も少ない。

列車を降りると、目の前に広い湖面が現れる。

水は静かで、空と山を映している。

そこには、派手な観光名所のようなわかりやすさはない。

しかし、失われた村の記憶と、いまも残る山の静けさが重なり合い、独特の余韻を生み出している。会津鉄道沿線には、茅葺き屋根の駅舎で知られる湯野上温泉駅もある。

けれど、本当に人の少ない場所で静かに過ごしたいなら、大川ダム公園駅は忘れがたい場所になる。



東京から訪れる場合は、東北新幹線で郡山へ向かい、磐越西線で会津若松へ。

そこから会津鉄道に乗り換える。

列車本数は多くないため、時刻表の確認は欠かせない。

湖畔で一、二時間過ごし、次の列車を待つ。

何もしない時間が、この場所のいちばん贅沢な楽しみ方である。




長野県・佐久広瀬駅

日本最高地点に近い、静かな秘境駅


小海線は「日本で最も標高の高い場所を走る高原

鉄道」として知られている。

山梨県の小淵沢駅から長野県の小諸駅までを結び、八ヶ岳の麓をゆっくりと走る。その路線上に、佐久広瀬駅がある。標高は1,073メートル。

秘境駅として知られる駅の中でも、特に高い場所にある駅のひとつである。



ホームの両側には山が迫り、視界の先には幾重にも重なる山並みが広がる。

大きな駅舎も、商店街もない。

列車の本数も少なく、次の列車まで長い時間を待つことになる。

しかし、小海線の旅の魅力は、まさにその待ち時間にある。

急いで来て、急いで帰る場所ではない。誰もいないホームに座り、山の雲を眺める。風が木々を揺らす音を聞く。その「何もしない時間」が、現代の旅ではむしろ贅沢になっている。



小海線沿線には、清里や小淵沢など、比較的知られた高原リゾートもある。

けれど、佐久広瀬駅には、それらとは違う静けさがある。

観光地として整えられていないからこそ、風景がそのまま残っている。



東京からは北陸新幹線で佐久平駅へ向かい、小海線に乗り換える方法がある。

また、新宿から中央本線で小淵沢へ行き、そこから小海線に乗るルートもよい。

時間はかかる。

けれど、その時間ごと旅として受け入れたとき、小海線は忘れがたい記憶になる。



おわりに

不便だからこそ、残っている風景がある

ここで紹介した4つの場所には、共通点がある。

それは、便利ではないということだ。

駅前にタクシーが並んでいるわけではない。

観光案内所も、土産物店も、華やかなカフェもない。

自分で時刻表を調べ、列車の本数を確認し、必要なら昼食も用意する。

そして、ほとんど誰も降りない駅で列車を降りる。

そこにあるのは、静かすぎるほどの風景だ。



けれど、その不便さがあるからこそ、これらの場所は観光地になりすぎず、原風景を保っている。


誰かのために整えられた景色ではない。

ただそこにあり続けてきた、日本の地方の姿である。

この旅は、すべての人に向いているわけではない。

効率よく名所を巡りたい人には、退屈に感じられるかもしれない。



けれど、もし一日をかけて、名前も知らなかった駅のホームに座り、何もせずに過ごすことができるなら。



その時間は、きっと旅の終わりに静かな余韻として残る。

旅の価値は、訪れた場所の数だけで決まるものではない。

心に残る沈黙があるかどうか。



それこそが、本当の旅を決めるのかもしれない。



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